種類株式の内容
日本の未上場企業が発行する種類株式の主な内容については、『未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書』において「法律上発行可能な種類株式の種類及びその権利内容」として下記のように整理されています。
(ソースURL:https://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g111202a01j.pdf)
種類株式 | 権利内容 |
剰余金の配当についての種類株式 (会社法108条1項1号) | 剰余金の配当について、他の株式より優先又は务後する株式。剰余金の配当に関して優先権を有する株式の場合、優先配当を受けた後の残余の配当に普通株式とともにあずかれるかどうかにより、参加型・非参加型に区分され、ある期において所定の配当金額に達しない時、その不足額が累積するかどうかにより、累積型・非累積型に区分される。 |
残余財産の分配についての種類株式 (会社法108条1項2号) | 残余財産の分配について、他の株式より優先又は务後する株式。残余財産の分配に関して優先権を有する株式の場合、残余財産の一定額を優先して分配を受けた後の残余財産の分配に普通株式とともにあずかれるかどうかにより参加型・非参加型に区分される。 |
議決権制限株式 (会社法108条1項3号) | 株主総会の全部又は一部について、議決権を行使することができない株式。 |
譲渡制限株式 (108条1項4号) | すべての株式又は一部の種類の株式について、その譲渡につき会社の承認を要する株式。 |
取得請求権付株式 (108条1項5号) | すべての株式又は一部の種類の株式について、株主がその株式について、会社に取得を請求できる株式。 |
取得条項付株式 (108条1項6号) | すべての株式又は一部の株式について、会社が一定の事由が生じたことを条件としてその株式を取得することができる株式。 |
全部取得条項付種類株式 (会社法108条1項7号) | 会社が株主総会の特別決議により、その全部を取得することができる株式。 |
拒否権付株式 (会社法108条1項8号) | 株主総会又は取締役会において決議すべき事項のうち、その株主総会の決議のほかに、種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を必要とする旨の定めが設けられている株式。 |
取締役・監査役の選任についての種類株式 (会社法108条1項9号) | 公開会社以外の会社で、委員会等設置会社でない会社において発行することができる、その種類株主総会における取締役・監査役の選任に関する事項について内容が異なる株式。 |
合併等対価の優先分配権 | 合併、株式移転、株式交換等の会社組織再編時に、合併等対価が優先的に分配される権利。 |
希薄化防止条項 | 業績の悪化により、新規のファイナンスにおいて、前のファイナンスの株価よりも低い株価で株式が発行される場合、普通株式への転換比率を変更することによって、既存株式の持分比率の希薄化を緩和する権利。 |
先買権 | 経営陣が所有する株式を売却しようとする場合、それ以外の株主が通知を受け、売却対象となっている株式を買い取る機会が与えられる権利。 |
ドラッグ・アロング・ライト | 自らが株式を売却する場合に、他株主に対してすべての所有株式を自らと同じ条件で定められた相手先に売却することを強制できる権利。 |
タグ・アロング・ライト (共同売却権) | 既存株主が先買権を行使せず、経営陣による株式売却を認めた場合、既存株主がその保有株式の一部を経営陣と同じ条件で第三者に売却できる権利。 |
一方、同報告書において、「経済的に有利な権利と企業価値の配分の関係」および「企業活動をコントロールできる権利と企業価値の配分の関係」が下表のように整理されています。
権利内容 | その権利の価値が 客観的に容易に測定可能か | 企業価値の配分において その権利価値を通常考慮するか |
配当優先権 (非累積型) | × | × |
配当優先権 (累積型) | ○ | ○ |
流動化事象に関する優先権 (非参加型) | ○ | ○ |
流動化事象に関する優先権 (参加型) | ○ | ○ |
強制償還請求権 | × | × |
転換権 (固定あるいは変動比率) | ○ | ○ |
希薄化防止条項 | △ | × |
議決権 | × | × |
拒否権 | × | × |
取締役選任権 | × | × |
ドラッグ・アロング・ライト | × | × |
タグ・アロング・ライト | × | × |
先買権 | × | × |
上記整理のまとめとして、同報告書では「その権利内容の価値が客観的に測定可能なものとしては、配当優先権、流動化事象に関する優先権、転換権、希薄化防止条項となっており、各株式の価格を算定する際にそれらの権利の価値が株式間の価格差に影響をもたらしていると考えられる」との見解が示されています。
この見解を前提として、「流動化事象に関する優先権≒みなし清算条項」、「配当優先権=優先配当(累積型 or 非累積型)」として、以下に検討を続けます。
優先条項の株価への反映
ベンチャー・スタートアップの株価算定においては、普通株に加えて種類株式を発行していることが多く、その取扱いにつき検討が必要となります。
特にVCからエクイティ調達をする場合、種類株式のタームシートにおいて、普通株式に比べて有利な条項が多く付されることがあり、普通株式より様々な点で優先的な権利をもつ優先株式として発行されるのが一般的です。
優先株式に付される条項は様々ですが、主に金銭的なリターンに直結する条項としては下記が挙げられます。
①みなし清算条項
みなし清算条項を簡潔に2ステップで説明すると以下のようになります。
①会社が清算した場合の残余財産については、種類株主への分配を優先的に行うという「残余財産分配権」を設定する
②その上で、同じ内容の分配がM&A exitにおいても発動するという、「みなし清算条項」を設定する
以上により、M&A時の売却対価が種類株主へ優先的に分配が行われる条項として整理されます。
日本の実務慣行としては「1.0倍参加型」と呼ばれる設定が一般的であり、M&A時において、種類株主は投資額の「1.0倍」すなわち投資額全額を回収した上で、残りの金額から持分相当の回収を追加的に行います。
【みなし清算条項の数値例】
前提:
・10億円のポスト・バリュエーションで1億円(10%相当)をVCからエクイティ調達
・その後、20億円でM&Aによるexitが成立
みなし清算条項無し
VCの回収額 = 20億円 x 10% = 2億円
VCのリターン = 回収額2億円 – 投資額1億円 = 1億円
みなし清算条項有り(1.0倍参加型)
VCの回収額:
・投資額である1億円 x 1.0倍の1億円をまず回収
・M&A対価の20億円から上記1億円を引いた19億円 x 10% = 1.9億円を追加で回収
・合わせて1億円+1.9億円=2.9億円を回収
VCのリターン = 回収額2.9億円 – 投資額1億円 = 1.9億円
(みなし清算条項が無い場合と比べると+0.9億円のリターン)
②優先配当 (累積型 or 非累積型)
独立系VCとの投資契約には設定されないことが多いが、配当によるリターンを重視する投資家からは、非累積型の優先配当条項を求められることがあります。
赤字のまま急成長を目指すことが多いスタートアップにおいて配当可能利益が生じることは稀であり、非累積型の優先配当が実現する可能性は相当程度に低いと言えます。
また、累積型の優先配当条項については一部投資家から求められることはあるものの、優先株式の発行体であるベンチャー・スタートアップ側が拒否するケースが見受けられます。
以上より、優先配当条項においては、赤字急成長を前提とする限りは実現する可能性が低く、優先株式の価値計算においても織り込まれないことが多いと言えます。
種類株式の評価手法
種類株式の価値算定手法については、『未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書』において、米国公認会計士協会が公表したPractice Aid “Valuation of Privately-Held-Company Equity Series Issued as Compensation”(以下「実務報告」)に基づき、下記4種類の算定手法を掲載しています。
①現状価値法 (CVM:the current-value method)
概要
評価日現在の企業価値を流動化事象発生時の優先分配額と普通株式への転換価値のいずれか大きい方の価値に基づいて各種の株式に配分する手法。
評価手順
・評価日時点における企業価値を算定する。
・算定された企業価値を流動化事象に対する優先権あるいは転換価値のいずれか大きいほうの価値に基づき種類株式に配分する。普通株式については、優先部分を考慮した残余価値を配分する。
適合する状況
以下の2つの場合に限定される。
・流動化事象が差し迫っている。
・アーリーステージにあり、
a.事業計画上大きな成長が見込まれない場合。
b.株主資本価値が種類株式の優先分配額の価値を大幅に上回っていないため、普通株式に大きな価値がない場合。
c.将来的に普通株式の価値が発生することについて合理的な見通しが全く立たない場合。
メリット・デメリット
(メリット)
・適用が簡単である。
(デメリット)
・企業価値の見積もり結果次第で配分額が大きく変動する。
・将来の企業価値の変動を考慮できない。
②オプション価格法 (OPM:the option-pricing method)
概要
種類株式の流動化事象発生時の損益分岐点時の金額を権利行使価額とみなして、普通株式と種類株式を企業価値に対するコール・オプションとしてモデル化する手法。
当該手法では、評価日ではなく将来の流動化事象の発生時における流動化事象の優先権の影響を明示的に考慮している。
評価手順
オプション価値の算定手法には、ブラック・ショールズモデル(以下「BSモデル」という。)や格子モデル等様々な手法がある。通常コール・オプションのプライシングにはBSモデルが使用されるのでBSモデルによる評価手順を記載する。
・企業価値、損益分岐点、流動化事象発生までの期間、ボラティリティ、リスクフリー・レート等の計算要素を見積もる。
・見積もったオプション価値を優先権の内容の違いにより各種類株式に配分する。
適合する状況
特定の将来結果を予想することが困難である場合。
メリット・デメリット
(メリット)
・モデルの計算ロジックが定形化されているため第三者から理解されやすい。
(デメリット)
・単一の流動化事象のみを考慮している。
・将来のファイナンスの影響を考慮していない
③確率加重期待リターン法 (PWERM:the probability-weighted expected return method)
概要
将来のシナリオと各種類の株式の権利を考慮しながら、投資に対する将来のリターンを発生可能性でウェイト付けした現在価値に基づいて株式価値を算出する手法である。
この手法は現在の企業価値の単一の見積もりを単純に株主間に配分するものではなく、将来を考慮するものであり、将来の経済事象やその結果を現在の価値決定に組み入れるものである。
また、この手法は、企業価値の算定と同時に企業価値の各株式への配分を同時に行うという特徴を有する。
評価手順
・IPO、合併又は売却、解散などのシナリオを経営者とのディスカッション及び企業のステージやマーケット環境の分析を通じて見積もる。
・モンテカルロシミュレーション、マーケット・アプローチなどの手法を用いて各シナリオにおける株主資本の将来価値を見積もる。
・各シナリオについて、各種類株主が保有する権利に基づき、その価値を最大化するように求めることを前提として、将来価値を各種類の株式に分配する。
・各シナリオに対してその発生確率を基に期待将来キャッシュ・フローを算定する。
・各種類株式に配分された現在価値を算定する。
適合する状況
流動化事象が発生するまでの期間が短く、将来起こりうる結果について比較的容易に予想できる場合。
メリット・デメリット
(メリット)
将来シナリオを価値決定に組み入れているため、透明性が高い。
(デメリット)
・将来のファイナンスを予測するため、流動化事象が近づかないと使いづらい。
・見積もりの要素が大きい。
・評価のためのコストが高い。
④ハイブリッド法
概要
上記の評価手法を組み合わせて適用する手法。
評価手順
上記の評価手法ごとの評価手順を用いる。
適合する状況
特定のシナリオは予測できるが、別のシナリオの場合の結果の予測が困難な場合。
メリット・デメリット
(メリット)
・各手法の長所を取り入れられる。
(デメリット)
・過度に複雑になる可能性がある。
種類株式評価の実務
優先株式評価の議論に関する時系列を改めて整理すると、以下のようになります。
■従前、米国では種類株式と普通株式の価格差は10倍以上あっても許容されるという「10倍ルール」が実務慣習上、一般的なものとなっている
■これに対して日本においては種類株式評価に関する実務的な枠組みや統一的な見解が存在しない
■参考とすべきは2004年に米国公認会計士協会が公表したPractice Aid “Valuation of Privately-Held-Company Equity Series Issued as Compensation”であり、ここでは上記4種類の評価手法が掲載されている
■日本において2011年に『未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書』が公表され、優先株式の評価手法が本格検討される
■2013年に日本公認会計士協会より『経営研究調査会研究報告第53号「種類株式の評価事例」』が公表され、みなし清算条項が付された優先株式の評価事例が掲載される(ここでは上記②オプション価格法を適用)
■2015年に有限責任監査法人トーマツから『ベンチャー投資等に係る制度検討会 報告書』が経済産業省宛に提出される
『ベンチャー投資等に係る制度検討会 報告書』は、タイトルが「~ベンチャーファイナンスの進化によるベンチャーエコシステムの活性化に向けて~」とされている通り、実務家が中心となってベンチャーファイナンスのあり方を検討しており、その中で種類株式の評価についても下記のように言及しています。
種類株式の評価は、種類株式に付されている権利の経済的価値に基づいて行われるが、日本公認会計士協会が公表している経営研究調査会研究報告第53 号「種類株式の評価事例」では、その付されている権利内容毎に経済的価値を有するか否かについての整理が行われており、経済的価値の具体的な評価方法についても記載されている。
例えば、合併等対価の優先分配権についてみると、「会社法第749 条2 項等の規定を前提として、会社が第三者に買収される際に、組織再編の形式が取られる場合、買収会社(存続会社、完全親会社)の株式等の対価を、消滅会社又は完全子会社になる会社の発行する優先株式に対して優先的に割り当てるとして、あらかじめ定款に記載する方法が考えられる。いわゆるみなし清算条項を導入した場合においては、種類株式の経済的な価値を構成するものと想定される」旨が記載されている。
また、「みなし清算条項を導入した場合においては、種類株式の経済的な価値を構成する」前提において、種類株式の評価事例については下記の言及もあります。
日本公認会計士協会が公表している種類株式の評価事例では合併等対価の優先分配権が付された種類株式の評価方法について、一定の方向性を示しているものの、いくつかの仮定を用いて算定されているため、実務での活用時には、主に下記の事項について、関係者による更なる検討や評価手法の実務への適用に当たっての方法論の確立が必要になると考えられる。
・事例では普通株式の株価を直近売買実績に基づいて1 万円と仮定しているが、実務では、米国のように普通株式の株価を求めるために評価手法が使用されるケースがある。・M&A 等によるEXIT の発生確率を過去の実績から80%と仮定しているが、実務上では当該確率の算出方法として定まった方法は確立されていない。したがって、当該確率の見積り方法について、M&A でEXIT する実績データ等を勘案して検討を行う等、実務上、慎重な対応が必要であり、評価実務の蓄積により、見積方法が確立されることが望まれる。
種類株式評価に関する実務対応
上記で整理したとおり、日本における種類株式の評価実務、特にベンチャー・スタートアップが発行する種類株式の評価方法については明確な指針が無いのが実状です。
一方、ベンチャーエコシステムの活性化および米国実務とのイコール・フッティングを考えると合理的な算定手法により種類株式と普通株式の評価を区分することへのニーズは高いと言えます。
これらの状況を踏まえ、各評価機関がそれぞれに評価モデルを構築していますが、実務慣行的には種類株式の評価手法に記載の「確率加重期待リターン法(PWERM)」を適用するケースが多いと言えます。
当該評価手法は上記引用に「実務では、米国のように普通株式の株価を求めるために評価手法が使用されるケースがある」として記載されている内容に該当しているとも言えますが、実務上の課題としても上記引用後段に記載の内容(合理的な見積方法)が当てはまるため、種類株式評価に関する実務の議論は今後も各関連者の主張を交えて継続していくものと考えられます。